【日誌】キハ183保存の動き(その4)

 いつもDC183系資料室をご覧いただきありがとうございます。
 さて、現在、クラウドファンディングにて保存に向けた動きが進んでいるキハ183形初期車の件ですが、保存予定の車両が具体的に示されています。保存の確定した道の駅展示車が、キハ183-214、屋根付きの専用車庫への収納を目指しているのがキハ183-220とのことです。
 当ブログをご覧になっている方の中には、今回のクラウドファンディングの支援に参加されている方もいるのではないかと思われますので、これまで当ブログで収集してきたデータ等をもとに今回と次回の2回に分けて、キハ183-214とキハ183-220の2両を管理人なりに紹介してみようと思います。

《外部リンク》
クラウドファンディングのページは ⇒ こちら

 今回は、キハ183-214を取り上げます。
▼キハ183-214(2017.10.29撮影、札幌駅)
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 この車両は、1982年(昭和57年)に、キハ183系0番台の第2次増備車として新潟鉄工所で製造され、キハ183-14として誕生しました。当時の札幌運転区(現在の札幌運転所)に配置され、登場当初は主に特急「おおぞら」「オホーツク」用として活躍しました。その意味では、特急「おおぞら」の停車駅だった追分駅のある安平町に保存される車両としてふさわしいのかもしれません。
 なお、この車両は、キハ183-214に改番後の2012年(平成24年)、キハ183系の受け持ち変更に伴い札幌運転所から苗穂運転所に転属となってはいますが、新製配置から一度も札幌を離れることのなかった数少ない車両の1つです。
 キハ183-14時代の写真として管理人が把握しているのは、『鉄道ピクトリアル』599号30ページ所収のオホーツク色のもの(1992年(平成4年)撮影)だけですが、国鉄標準色時代の写真をお持ちの方は貴重な写真であると思います。
 キハ183-14は、国鉄の分割民営化後の1987年(昭和62年)7月に国鉄標準色から新特急色に塗り替えられていますので、1987年(昭和62年)4月から約3か月間は国鉄標準色に白字の大きなJRマークを付けた姿が見られたものと思われます。また、この頃、座席モケットもそれまでのロームブラウン一色から500番台の車両と同様のヘーゼルナッツに黒とオレンジのストライプの入ったものに張り替えられたと想定されますが、これについては記録がなく確証はありません。
 それから約3年後の1991年(平成3年)12月には現行塗色と同様のオホーツク色に塗り替えられており、その際、運転席側の全面には「OKHOTSK」の大きなロゴマークが付けられていたものと思われます。また、座席モケットが当時の781系電車と同様のラベンダー色のものに張り替えられていることが記録から分かります。
 1993年(平成5年)11月、駆動機関の出力増強を図るため、それまでの「DMF15HSA」型エンジンから「DMF13HZC」型エンジンに機関換装したのに伴い、車番がキハ183-14からキハ183-214に改番されました。

キハ183-14の車両データは ⇒ こちら

 改番されたキハ183-214の改造後間もない写真が前掲の『鉄道ピクトリアル』599号31ページに所収されていますが、これを見ると車番の字体が黒の新ゴシック体となっていたようです。現在は下の写真のように黒の国鉄フォントとなっています。今回保存される車両が国鉄標準色に塗り替えられた際、車番をキハ183-214のままとすると初の200番台の国鉄標準色ということになりますが、車番を黒の国鉄フォントとするのか切り抜き文字を模した銀色の国鉄フォントとするのか、鉄道模型ファンの管理人としては楽しみなところです。
▼車番(2008.10.04撮影)
キハ183-214

 さて、改造後のキハ183-214は、しばらくの間、現在のような車販準備室のない仕様で活躍していましたが、キロ182形0番台の車販準備室部分を普通座席に改造したキロハ182形0番台の登場に伴い、キハ183-211~215の各車両の業務用室を車販準備室に改造することとなり、キハ183-214は1996年(平成8年)7月に改造が行われ、1-3位側の業務室用窓が埋められるとともに行先方向幕の位置が客用窓側に移設され、外見が大きく変化することになりました。国鉄標準色に復元された場合、この外見での国鉄標準色も初めてとなります。
 1998年(平成10年)3月、室内のアコモ改良が行われ、座席がそれまでの「R51C」型座席からテーブル付きの「R55」型座席に取り換えられ、座席モケットもキハ283系と同様の丹頂柄のものに張り替えられました。
 2000年(平成12年)頃になると、キハ183形初期車の運転席側につけられていた「SUPER TOKACHI]「OKHOTSK」のロゴが消されることとなり、キハ183-214の場合は、2000年(平成12年)11月頃に消去されたようです。これでまた、外見に変化が見られたことになります。
 2006年(平成18年)9月、窓ガラス破損防止のためポリカーボネート板が取り付けられ、これでまた外見が大きく変化しました。国鉄標準色に当たってこのポリカーボネート板をどうするか注目するところですが、管理人個人の好みから言えば、ポリカーボネート板は是非取り外した姿にしてほしいと思っています。
 2008年(平成20年)9月頃には、座席交換が行われ、それまでの「R55」型から「キハ283系タイプ」の座席になりました。併せて座席モケットが789系1000番台と同様のえんじ色のモケットに張り替えられ、これで内外ともに現在と同様の姿となりました。
 その他、新製直後と比較した外見上の特徴としては、JRへの民営化前に前位側の屋根上にJR無線アンテナが取り付けられたこと、新特急色時代に運転席と反対側の屋根上に補助汽笛が取り付けられたこと、改造時に改造銘板が加えられたこと、ATS標記が国鉄標準色時代の「S」から「NS」、そして「Ds」と変更されたこと、「110」の速度標記が加えられたこと、などがあげられます。

キハ183-214の車両データは ⇒ こちら

▼キハ183-214(2017.01.24撮影 札幌駅)
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2018.02.24 記事を掲載

【日誌】キハ183保存の動き(その3)

 いつもDC183系資料室をご覧いただきありがとうございます。
 さて、標記の件ですが、平成30年(2018年)1月29日、見事に第1目標の610万円以上の寄付が集まったとのことで、少なくとも1両の保存が決まったようです。このことはNHKニュースでも大きく取り上げられていましたので、ご覧になられた方も多かったのではないでしょうか。応援していた一員として管理人も大変喜ばしく思っております。おめでとうございます。
 このブログを開設して今年で10年になりますが、想定外の閲覧者数(2018年(平成30年)1月31日現在で約76万5千人)に管理人も日ごろから驚いておりましたが、クラウドファンディング開始から1か月足らずで第一目標を達成したことは、改めてキハ183系特急型気動車の人気の高さを裏付けるものであると感じています。

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クラウドファンディングのページは こちら

 さて、前回の「【日誌】キハ183保存の動き(その2)」(2018.1.28付)の記事を書く際に、このブログを開設した2009年(平成21年)当時の記事をいくつか検索しましたが、そのとき、「キハ183物語」というタイトルで3回連載した記事を見つけました。自分で書いた記事でありながら、そのことをすっかり忘れておりまして、10年ぶりに読み返したところ、管理人とキハ183系特急型気動車との様々な思い出について綴られていました。10年も前の記事ですので、今ならもう思い出せないようなことが記されておりまして、いまさらながら、文字として記録に残しておくことの大切さを感じたところです。
 今回のクラウドファンディングを応援された方々にも、それぞれのキハ183系への想いがあるのだと察していますが、管理人が当時のブログに書いた思い出は、このブログを今日まで続けている原動力になっているものでもあります。当時の各記事へのリンクを貼りましたので、興味のある方は是非ご覧になってみてください。第1回では、1980年(昭和55年)10月5日、千歳空港駅(今の南千歳駅)で初めてキハ183系を直接見たときの思い出をピンボケの写真とともに記しています。第2回では、1987年(昭和62年)3月31日の国鉄最後の日のキハ183系の思い出を、札幌駅で撮影した写真とともに記しています。第3回では、約20年ぶりに、いわゆる「出戻り」を果たした管理人が、再会を果たしたキハ183系の変貌ぶりに驚き、模型製作のための資料収集をスタートさせるに至ったいきさつを記しています。
【連載】キハ183物語(第1回) 2009.11.13最終更新
【連載】キハ183物語(第2回) 2009.11.15最終更新
【連載】キハ183物語(第3回) 2009.11.25採取更新
 今回、せっかくこのような記事を書いているので、「キハ183物語」の続編として、管理人とTOMIX製品のキハ183系との出会いについて第4回として以下に記したいと思います。

【連載】キハ183物語(第4回)
 第3回の記事でも触れましたが、1980年代初めに管理人はNゲージで遊んでいた頃、北海道専用形式の製品化はほとんどなく、本州形式の車両を代用して遊ぶのが当たり前の時代でした。「似ているんだけどちょっと違う」。子どもながらにそんな思いを持っていた記憶があります。
 そのような中、1982年(昭和57年)、実車の新製に遅れることわずか1年で、北海道専用形式であるキハ183系の全車種(キハ183形0番台、キロ182形0番台、キハ182形0番台、キハ184形0番台)が製品化されたのは驚きであり、発売してすぐに7両を購入したのを覚えています。購入したのは、キハ183が2両、キロ182が1両、キハ182が3両、キハ184が1両でした。当時の価格で合計12,600円ですから子どもがお小遣いから出す金額としては相当なものだったと思います。本当は10両買いたかったのかもしれませんが、それはしょせん無理だったろうと思います。それでも、7両もの長編成で遊ぶこと自体が初めてでしたから、畳の上のエンドレスレイアウトで何度も何度も走らせた記憶があります。
 そんな7両の車両も、20年後の「出戻り」を果たした際にすべてディティールアップの技術を磨くための実験車両として様々な改造が施され、キハ183は2両とも運転席部分のガラスパーツにサッシの銀色が塗られ、キハ182はいずれもHET色やとかち色に再塗装され、キハ184はトレーラー車化され、実車同様、原形をとどめている車両はありません。唯一キロ182だけが貫通扉が銀色に塗られている位で原形を比較的よくとどめています。
▼初めて購入した7両のうちの1両であるキロ182形0番台
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 当時購入していたTOMIXのカタログを見ますと、1982年(昭和57年)に発売された『'83トミックス総合カタログ』からキハ183系が掲載されています。単品のみ4車種の製品の写真と10両編成の編成図、そして特急「おおぞら」の実車の写真が掲載されていました。翌1983年(昭和58年)に発売された『'84トミックス総合カタログ』では、単品4車種に加えて6両の車両セットも掲載され、写真や編成図も、1982年(昭和57年)9月から増発された札幌運転所所属の9両編成特急「オホーツク」などの情報も掲載されるようになり、翌年の『'85トミックス総合カタログ』も同様の掲載でした。
▼当時、毎年購入していたTOMIX総合カタログ
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▼『'83TOMIX総合カタログ』のキハ183系のページ(右側のページ)
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▼『'84TOMIX総合カタログ』のキハ183系のページ(左右とも)
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 その後、これらの初期製品は旧製品に改良され、キハ184がラインナップからはずれることになりますが、管理人の鉄道や鉄道模型への興味・関心が急速に薄れていった時期であり、その詳細は全く知らないまま、「出戻り」を果たし、状況の激変に驚くことになります。その辺のいきさつは第3回で触れていますので、省略します。

 この記事を執筆している2018年(平成30年)2月時点でもTOMIXからは次々と新製品の登場が予定されており、このことからも、キハ183系の人気が息の長いものであることがうかがえます。

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2018.02.04 記事を掲載


【日誌】キハ183保存の動き(その2)

 いつもDC183系資料室をご覧いただきありがとうございます。
 前回の「【日誌】キハ183保存の動き」(2018.1.1付)で、クラウドファンディングの手法により、キハ183形初期車を安平町に2019年春オープン予定の道の駅に保存しようとする動きがあることをお伝えしましたが、その後、順調に支援の輪が広がっているようで、陰ながら応援している管理人としても大変うれしく思っているところです。
 さて、安平町内には追分駅がありますが、思い返せば、この追分駅でキハ183系の国鉄標準色復活色をまとっていた4両編成の最後の雄姿を撮影したことを思い出しましたので、今回はそのときの様子を少しだけ振り返りたいと思います。
 撮影したのは平成21年(2009年)11月22日、何かの用事のついでに、ちょっと足を延ばして追分駅までに撮影に出かけた記憶があります。そういえば、当時のブログに何か書いていたかもしれないと思い、検索してみると、やはり紹介していました。「【日誌】183系国鉄色で行く北海道1週の旅」(2009.11.23付)というタイトルのブログです。興味のある方はリンクを貼っていますのでご覧ください。
▼当時のブログに掲載の写真(再掲)
追分駅2番線に入線するキハ183系4両編成(先頭車はキハ183-1)
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追分駅を出発し苫小牧方面に向かうキハ183系4両編成(一番後ろはキハ183-2)
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追分駅に停車中のキハ183-1
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 保存用のハードディスクを検索してみると、上記外にも写真を撮影していました。往時の姿を彷彿とさせる広大な駅構内の写真、当時最新鋭気動車だったキハ261系、室蘭本線を単行で走るキハ40形、駅構内にポツンと置かれたなつかしの国鉄コンテナ、駅前に設置されていた蒸気機関車「D51 465」の動輪と主連棒の一部などです。ちなみに、このたびキハ183が保存される道の駅は国道234号線沿いのようですので、追分駅からは少し離れていますが、道の駅を訪れた際は、休憩と散歩を兼ねて生きた鉄道遺産である追分駅にまで足を延ばしてみる人が増えるといいなと感じました。

▼追分駅構内
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▼キハ261-1203
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▼キハ40 1763
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▼国鉄コンテナ
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▼「D51 465」の動輪と主連棒及びその解説
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 さて、少し話題は少し変わりますが、今回保存される車両はキハ183-213、キハ183-214、キハ183-220のうちの1両または2両と紹介されており、少なくとも1両は国鉄標準色に塗装されると思われます。写真で上の紹介したキハ183-1も平成13年(2001年)10月にそれまでのとかち色から国鉄標準色(復活色)に塗装された車両です。そのキハ183-1を模型で再現したときに気付いたのですが、経年変化した車両を当時の姿で再現するというのは現実の世界ではとても難しいことが分かりました。
(キハ183-1をNゲージで再現する記事については、「【製作記事】キハ183-1(さよなら展示会時)をつくる」(2011.7.24付)をご覧ください。)
 例えば。キハ183-1の場合、外見だけ見ても
①赤2号の角の部分のR角表現が省略されていたり、手すり部分の塗り分けが省略されていたりしていた
②JNRマークが元の切り抜き文字ではなくステッカー表現とされていた
③特急シンボルマークの塗装が銀色と黒地から金色と銀色に戻されていなかった
④ATS標記や検査表記等は当時の赤2号で表現されていなかった
⑤タブレットキャッチャーなどの装備が取り外されたあとの姿のままであった
⑥床下機器の塗装が黒地のままであった
⑦窓ガラスのHゴムがねずみ色から黒色に変更されたままだった
などの違いがあり、それが模型工作の際の面白い視点でもありました。
 今回保存予定の車両は、200番台に改番されている車両のため、キハ183-1と比較しても、
①業務用室が車掌室または車販準備室に改造されており窓の形態が異なる
②キハ183-213、キハ183-214は行先方向幕の場所も変更されている
③窓にポリカーボネート板が装着されている
④車番の切り抜き文字が黒のステッカーに変更されている
⑤エンジンが換装されている
などの変更が加えられています。
 恐らく、このあとの塗色変更では、予算との兼ね合いも見ながらどこまで復元するかなどの課題も出てくるものと思われ、関係する方々の頑張りは今後も続くのではないかと思われます。改めて敬意を表したいと思いました。
 ちなみに、キロキューことキロ182-9もとりあえずJR北海道で保管しておいてくれないかなーと思いながらも、そんな余裕はないのでしょうね。

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