【連載】キハ183物語(第3回)

キハ183系との再会


 キハ183系はおろか、鉄道全般に興味・関心を失ってから20年近い年月が経過しました。今から数年前、理由は自分でもよく分かりませんが、再び鉄道や鉄道模型に興味をもちはじめ、趣味を再開しました。
 約20年ぶりに鉄道の世界を意識的に見ると、様子はすっかり変わってしまっています。この間、JR北海道においても新型車両が次々登場し、国鉄時代からの車両は老朽化等のため次々と引退し姿を消していました。
 キハ183系についても例外ではありません。私の記憶は国鉄時代末期の昭和61年に登場した500番台のところで途切れていますが、その後、550番台が登場したりキサロハ182形が登場したりしています。また、既存の車両も度重なる改造やアコモ改善により、原形をとどめている車両はほとんどありません。1979年登場の量産先行車(900番台)はすでに全車廃車され、量産車(0番台)も国鉄時代に登場したキハ183形100番台、キロ184形以外に、キハ183形200番台やキハ182形100番台・200番台、キロハ182形が登場しています。500番台や550番台からもお座敷用改造車や130km/h対応改造の2550番台(キハ183形は3550番台・4550番台)が登場しています。キサロハ182形に至っては、一度も実車を見ないうちに休車状態になって運用を離脱しています。
 そして、なにより驚いたのは車体の塗色変更についてです。500番台が「新特急色」(注)で登場し「国鉄標準色」をまとっていた0番台も順次「新特急色」へ塗り替えられつつあるところまでは知っていましたが、その後の状況についてはよく分からないままでした。鉄道模型の趣味を再開し、改めて調べてみると、キハ183系の塗色の違いによるバリエーションは百花繚乱の様相を呈していることが分かりました。
 色々調べて分かったことは、「国鉄標準色」「新特急色」以外の塗色としては「とかち色」、「オホーツク色」、「HET色」の3種類があり、すべて「HET色」で統一されている130km/h対応車を除くと、番台による統一感がなく、同じ番台でも複数の塗色が存在することです。詳しくは回を改めて考察しますが、「HET色」でほぼ統一されている500番にあって、キハ183-506やキハ182-512だけがなぜ「とかち色」なのか、最初は不思議で仕方ありませんでした。
 一方、Nゲージの世界に目を転じると、こちらも1980年代とは隔世の感がありました。1980年代当時は北海道専用形式・番台の製品化自体が非常に珍しく、今にして思えば、キハ183系がTOMIXから製品化されていたこと自体が驚きですが、その後、550番台新塗装(=「新特急色」)や0番台新塗装(=「新特急色」)、2550番台「HET色」、0番台及び550番台からなる「スーパーとかち色」が登場していました。マイクロエースからはキハ400併結用のキハ182-36~38も製品化されていました。
 こうした状況下で鉄道模型の趣味を始めた私は、当時製品化されていなかったキハ182形0番台の「HET色」塗色車を製作しようと思い立ちました。ここから、私のキハ183系に関する資料収集がスタートしたのでした。

(注) 「新特急色」はTOMIXの製品カタログでは新塗装と表記されていますが、TOMIX製品を指す場合を除き、本ブログでは『鉄道ピクトリアル』の表記に従い「新特急色」と表記します。

【トピックス】183系国鉄色で行く北海道1週の旅

「183系特急形気動車登場30周年企画」としてJR北海道旭川支社が募集しました、「183系国鉄色で行く北海道1週の旅」が無事に実施されました。
最近は企画モノで引っ張りだこのキハ183系国鉄色4両ですが、この企画を最後に廃車との噂も流れています。
車両データ掲載用の写真撮影も兼ねて、追分駅での国鉄色4両編成を撮影しましたので、その様子も含めて紹介します。

まず、今回の企画の行程ですが、11月21日(土)は朝に旭川を出発し、遠軽・北見・網走と「オホーツク」の経路たどったあと、釧網本線を通って釧路着となっています。2日目の11月22日(日)は、朝に釧路を出発し、池田・新得・新夕張と「おおぞら」の経路をたどったあと、追分から室蘭本線に入り苫小牧から函館まで「北斗」の経路をたどります。3日目の11月23日(月)は朝に函館を出発し、長万部から山線に入ったあと、小樽・札幌・滝川と、往年の「北海」のコースをたどり夜に旭川着となるものです。

さすがにツアーへの参加は無理でしたが、2日目に苫小牧で昼食駅弁とあったので、12時前後に追分を通過すると考えて撮影に出かけました。
11時過ぎに追分駅についたので、駅構内などの撮影をしたのち、駅近くの跨線橋で当該列車の到着を待ちました。待っている間にかつて追分機関区で働き貨物列車の運転をしていたという国鉄マンの方に声をかけていただき、当時の様子をお聞きして時間を過ごすうち、12時前に、事前のアナウンスどおり「まりも」のヘッドマークを掲げた4両編成のキハ183系が追分駅2番ホームに到着しました。停車中は乗客の多くがホームに出てさかんに撮影を行っていました。みなさん、キハ183系が好きな方達ばかりなんだろうなと眺めていました。12時の時報が待ちに響き渡ると同時にキハ183系は、甲高い汽笛を響かせて室蘭本線を苫小牧方面へ去っていきました。

編成は先頭から順にキハ183-1キハ182-1キハ182-2キハ183-2の4両です。キハ183-1のみクリーム色の色合いが他の車両と異なっていました。色あせているというか黄色味が強い感じです。

時間にすると20分弱の短い時間でしたが、復活した国鉄色のキハ183系を撮影したのは初めてでしたので大満足の1日となりました。今後も元気に走り続けてほしいものです。

▼団臨キハ183系4両編成(追分駅にて2009.11.22撮影)
追分駅2番線に入線するキハ183系4両編成(先頭車はキハ183-1)
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追分駅を出発し苫小牧方面に向かうキハ183系4両編成(一番後ろはキハ183-2)
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追分駅に停車中のキハ183-1
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ヘッドマークは「まりも」を掲出、特急シンボルマークもきちんと取り付けられています。
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【連載】キハ183系物語(第2回)

国鉄最後の日のキハ183系


 1980(昭和55)年10月にキハ183系を初めて目にしてから6年半が経った1987(昭和62)年3月31日、日本国有鉄道は最後の日を迎えていました。
 当日夜、国鉄最後の日の札幌駅を見に出かけました。当日の札幌駅には大勢の鉄道ファンが駆けつけていた記憶があります。どの車両にも先頭車に「さよならJNR 日本国有鉄道」と記されたステッカーが貼られていました。私の手元に残っている当時の写真を見ると、711系S104編成、キハ40222、キハ54形500番台、DD511055牽引の「まりも」、ED76515牽引の「利尻」、ED76518牽引の「大雪」、フラノエクスプレスが映っています。夜行列車が映っているところを見ると、かなり遅い時間に出向いたようです。たしか、札幌駅に出向く途中の列車の車内放送も録音していて、「今日も国鉄をご利用いただきましてありがとうございます。」という、今となっては懐かしい音声も残っているはずですが、いつの間にか散逸してしまったようです。
 当時私が撮影したキハ183系「おおぞら」の写真にもこのステッカーが貼られていました。例によってひどい写真ばかりですが、キハ183形0番台とキハ183形1500番台の写真が残っています。当時のキハ183系は国鉄標準色からいわゆる新特急色への移行期にあたりますので、両色の混色編成が見られましたが、残された写真もその1つです。ちなみにキハ183形0番台の写真を良く見ると、タブレットキャッチャーはすでに取り外されていることが分かります。

▼キハ183形0番台(1987.03.31撮影)
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▼キハ183形1500番台(左)と混色編成(右)(1987.03.31撮影)
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 この翌日、国鉄は分割民営化され、北海道ではJR北海道が発足しましたが、この頃を境に私の鉄道模型及び鉄道に対する興味は急速に消え、私にとっては20年近く空白の期間ができることになりました。