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【車両データ】キロ182-1

【キロ182-1】

※解説を読む
1.新製時の概要
●製造所:新潟鉄工所
●新製区分:1981年度(1980-2債)
●新製年月日:1981(S56).08.21
●新製配置:函館

2.新製時の主要諸元
●定員:32人
●最高速度:100km/h
●駆動機関形式・定格出力:DML30HSI・440PS/1,600rpm
●液体変速機:DW9A
●台車(駆動・付随):DT48A・TR233A
●電源装置・発電機:なし
●冷房装置:AU79A×1
●座席・色・シートピッチ:R27・ワインレッド・1,160mm

3.車歴
●1981(S56).08.21 新製(函館)
●1986(S61).11.01 転属(函館→札幌)
●1996(H08).05.01 転属(札幌→釧路)
●2001(H13).03.31 廃車(釧路)

4.塗色変更
●1981(S56).08.21 国鉄標準色(新潟鉄工所)
●1987(S62).03.19 新特急色(苗穂工)
●1997(H09).03.08 HET色(苗穂工)

5.改造・工事等
●1985(S60).06.頃 工事【最高速度110km/h化(エンジン出力強化:250PS/2,000rpm)】
●1987(S62).03.18 工事【公衆電話機取付】(苗穂工)
●1988(S63).03.04 工事【北斗用アコモ改良(座席3列化・赤系ツートン)、定員24人】(苗穂工)
●1997(H09).03.08 工事【おおぞら用アコモ改良(座席紫系)、喫煙室設置】(苗穂工)

6.検査表記
●「56- 8 新潟鉄工所」



7.その他、注
●写真(1987.11.20撮影):2-4位側・新特急色(広田尚敬氏『魅惑のJR車両たち』、1990.1、48p)



解説
 キロ182-1は、0番台(量産車)のトップナンバー(第1次量産車)として昭和56(1981)年に新潟鉄工所で製造されました。新製配置は函館運転所で、キハ183系の集約に伴い、昭和61(1986)年11月に札幌運転所に転属となったのち、平成8(1996)年に特急「おおぞら」の受け持ちが釧路運輸車両所になったことに伴い同所に転属となりました。平成12(2000)年3月11日ダイヤ改正で特急「おおぞら」に組み込むグリーン車がキサロハ182形550番台に変更されると、同車を含むキロ182形0番台のグリーン車のうちHET色4両は運用を離脱し、平成12(2000)年度末に4両とも廃車となりました。キロ182-9が40年近く活躍したのと比べると、キロ182-1は新製配置からわずか20年の活躍で、トップナンバーの車両としては実にあっけなく廃車された印象があります。
 塗色は、新製配置時は国鉄標準色、昭和62(1987)年3月のJR北海道発足直前からは新特急色、釧路転属後の平成9(1997)年3月からはHET色となり、以後廃車時までHET色のままでした。
主な運用を推測すると、新製配置から昭和61(1986)年11月ダイヤ改正までは、函館運転所の受け持ちとなっていた特急「おおぞら」「北海」(昭和58(1983)年からは特急「北斗」も)で運用されたと思われます(→運用例:【1982.7.29】特急おおぞら4号)。昭和61(1986)年11月ダイヤ改正では全てのキハ183系が札幌運転所に集約されましたので、ハイデッカーグリーン車指定を除く全てのキハ183系運用の特急で運用されたと思われます(→運用例:【1987.8.26】特急オホーツク1号)。昭和63(1988)年3月のアコモ改良による3列シート化以降は、同様のアコモ改良を受けたキロ182-5、7、8、9と共に特急「北斗」で運用されたものと思われますが、その後、特急「北斗」のグリーン車がハイデッカーグリーン車に統一されると、今度は主に特急「おおおら」で運用されたものと思われます(→運用例:【1994.2.6】特急おおぞら7号)。HET色への塗色変更と同時期の平成9(1997)年3月ダイヤ改正からは、キロ182-5、7、キロ184-901とともに特急「おおぞら」用となり(→編成例:【1997.3.23】特急おおぞら10号)、特急「おおぞら」に運用されるグリーン車がキサロハ182形550番台に変更されるまで続いたと思われます(当資料室で確認できる最後の運用は、運用離脱のかなり前の【1998.12.23】特急おおぞら6号ですが、実際の最終運用がいつだったかは分かりません)。
 この車両についてはブログに掲載できる写真を持ち合わせていないので、模型工作上の視点から外見上の特徴を雑誌等の写真や資料をもとに何点か記してみます。
 1点目、青函無線アンテナですが、上の[7.その他、注」で紹介する書籍の写真を見ると、新特急色となって間もない昭和62(1987)年11月23日の写真では、まだ青函連絡船が廃止されておらず、国鉄標準色時代同様に取り付けられています。推測にすぎませんが、HET色化の時期までには撤去されたのではないでしょうか。ちなみにJR無線アンテナは、上述の写真の時点ではまだ取り付けられていません。
 2点目、上述の写真をよく見ると、前位側妻面上部に公衆電話用と思われるアンテナが取り付けられているのが分かります。資料によれば、新特急色化された昭和62(1987)年3月に公衆電話機取付工事が苗穂工場で行われていますので、このときに取り付けられたものと思われます。HET色時代の写真でも取り付けられている映像があります。
 3点目、座席についてですが、4列シート時代はR27と呼ばれる国鉄標準の座席でモケットはワインレッドでした。昭和63(1988)年の3列シート化改造時にはキロ182-9で最後まで見られたのと同じシートとなり、モケットは赤系の3色のツートンとなっていました(鉄道ファン320号52~53pに写真が掲載されています)。平成9(1997)年のおおぞら用アコモ改良時にキロ182-9で最後まで見られたのと同じ紫系のモケットに張り替えられたと思われます。
 4点目、その他外見は比較的原形をとどめていたものと思われます。
 最後に、Nゲージの製品化の状況ですが、トミックスが国鉄標準色、新特急色ともにキロ182形0番台(量産車)としてリニューアル仕様で製品化していますが、HET色の製品はいまだ製品化されていません(平成31(2019)年1月現在)。ただ、平成22(2010)年に発売した「JR キハ183系特急ディーゼルカー(オホーツク)セットB」や平成31(2019)年1月発売の「JR キハ183系特急ディーゼルカー(とかち)セット 」に入っているキロ182-9を想定した製品を塗り替えることで容易に再現可能です。
(2019.01.27 記)

《更新履歴》
2010.03.11 データ掲載
2019.01.27 「解説」掲載

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