【日誌】ED76 500(2)

 ED76 500の資料収集の手始めに探したのは、かつて自分で撮った写真です。現役時代の写真5枚と廃車後の写真2枚が見つかりました。今回は、これらの写真を紹介します。いずれの写真も撮影年月日、場所の記録がありませんので記述はすべて推測です。その点ご了承ください。

▼ED76 504
ED76_504

 この写真は見て分かるとおりJR時代の写真です。地上駅時代の札幌駅ですので、昭和62年4月1日のJR北海道発足から昭和63年11月3日の札幌駅高架化までの間の写真ということになります。51系客車を牽引しています。先頭側のパンタグラフを上げているので多分小樽行きであると思われます。ちなみにこのカマは平成3年に廃車されています。昭和43年落成のカマは4両しかJR北海道に引き継がれませんでしたが、そのうちの1両です。

▼ED76 505
ED76_505

 この写真は廃車後、保存のために幌内駅に留置されていたときの写真と思われます。他の写真や切符等の記録から、昭和62年7月12日に幌内線を訪れたときに撮影したようです。全く覚えていないのですが、幌内線の営業最終日に現地を訪れていたんですね。いずれ紹介しようと思いますが、このときに撮影した写真の中には、C12 2やキハ82系などの写真もあります。
 さて、写真を見ると塗装はかなり退色しており、ナンバープレートや製造銘板、称呼標記銘板などがはずされていることを除けば、廃車時の姿のままではないでしょうか。現在の保存機はHゴム部分もすべて赤で塗られていますが、このときのHゴムはもちろん灰色のままです。このカマは民営化直前の昭和62年2月に廃車されています。

▼ED76 506
ED76_506

 この写真も札幌駅での小樽行きを撮影したものと思われますが、JRマークがないのでこちらは国鉄時代の写真です。冬の写真でSGによる蒸気が勢いよく立ち込めています。よくみるとパンタグラフの集電舟ホーン部分が黄色に塗られていますが、JR化後の写真では黄色に見えないものもあるようなのでずっと黄色でもないのかもしれません。この辺り詳しいことは私には良く分かりません。この車両は平成4年まで現役で活躍しました。

▼ED76 509
ED76_509

 この写真は平成14年8月18日にたまたま当時の小樽交通記念館を訪れた際に撮影したものです。非常に痛々しい姿の写真ですが、まだパテによる補修をさほど受けていないようなので、側板等は綺麗な状態です。
 今回の資料集めの一環として小樽市総合博物館を訪れましたが、ナンバープレートの切抜文字が一部欠落していたり、ランボードが腐食したのか歩いたときに突き破られたような跡があったりと、さらに痛々しくなっていました。しかし、ボランティアの方による必死の補修の成果もあり、塗装は綺麗になっていました。
 この車両は昭和61年10月24日付けでED75 501とともに廃車されており、ED76 500の中では最も早く廃車になりました。

▼ED76 515
ED76_515

 この写真だけは日付が入っており、昭和62年3月31日、つまり国鉄最後の日の写真です。この日の夜に札幌駅に出かけていったことは今でも覚えています。急行利尻の牽引機です。鉄道雑誌の写真を見ると、この日の急行大雪の牽引機はED76 518だったようです。

▼ED76 517
ED76_517

 これも国鉄時代の写真で、札幌駅で51系客車を牽引している写真です。パンタグラフの上げ方からすると岩見沢方面行きの列車と思われます。

▼ED76 518
ED76_518

 この写真は小樽駅で機回しをしている姿です。国鉄時代の写真です。赤と緑の旗をもった作業員の姿が懐かしいです。ちなみに、ED76 500は一般に常に小樽側(1位側)のパンタグラフを上げていると紹介されており、この写真もその通りなのですが、たまたま1960年代の急行ニセコを牽引していた頃のED76 508のビデオを見てみると、交流機の原則どおり、後ろ側のパンタグラフを上げていました。はじめから小樽側のパンタグラフしか使わなかったということでもないようです。

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