【日誌】ED76 500(3)

 ED76 500の簡単な車歴表をつくってみました。
ED76_500rireki
 ED76 500は昭和43年の小樽~滝川間交流電化開業時と昭和44年の滝川~旭川交流電化開業時の2度にわたって製造されました。全22両のうち、15両が東芝、7両が三菱電機・三菱重工で製造されました。ED75 501を含めて現在の保存機はすべて三菱の車両です。

 新製配置は、昭和43年製造の車両は岩見沢機関区に配置されたのち、同年10月開設の岩見沢第2機関区に転属となっています。昭和44年製造の車両ははじめから岩見沢第2機関区の配属で、ED75 501と合わせて北海道に所属する23両の電気機関車の全てが岩見沢第2機関区で活躍しました。

 1987年の国鉄分割民営化を前に、1986年11月、岩見沢第1機関区が岩見沢客貨車区との統合により岩見沢運転区に改組されたことに伴い、岩見沢第2機関区も岩見沢機関区と改称になりましたが、ED76 509とED75 501の2両が岩見沢第2機関区時代に、ED76 501、502、503、505、513の5両が岩見沢機関区で廃車となり、JR北海道に引き継がれたのは16両でした。ED76 513は昭和44年度製造車で唯一国鉄時代に廃車と練っていますが、これは事故とその後の火災により大破したためと思われます。(ED76 509の廃車時配置、廃車年月日には異説もあります。)

 ED76 551は青函トンネル用機関車の不足を補うために改造された車両で、当初3両の改造が計画されていたようですが、結局改造は1両に留まりました。ED76 500で一番長生きしたのはこの改造を受けた551(元514)で車齢は32年になります。一番短命だった509の場合車齢は18年余りということになります。

 ちなみに、製造会社に括弧書きで記されている数字は製造番号で、この番号は下の写真のように保存機でも確認することができます。

▼製造番号(左上はED76 505、右上はED76 509、左下はED75 501)
ED76_505 ED76_509

ED75_501


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コメント

空知末期の頃

平成6年夏に空知に見学に行った時の様子は
稼働 518.521.522
在姿部品取り確保 506.507.508.511.512.515

丁度訪問日の前日に511のプレートを外したという日でしたが、これもなんかズレているようです。
当時の記録の一部です。

http://blog.goo.ne.jp/komume1973/e/0a3a888c65289bd82ae8249425887881
512が最後まで在籍していたのは初めて知りました。
既に多数の部品が無い状態を見ていたので。

2012年03月16日 02:04 from こむめURL Edit

Re: 空知末期の頃

こむめ 様
お久しぶりです。
半年ほど前に紹介いただいたブログの記事を見て、私の死んでいたED76 500のことを思い出して工作をはじめた次第です。旧岩見沢第二機関区の機関庫も、今冬の岩見沢の大雪でつぶれてしまったとの記事をみましたが、今となっては貴重な写真ですね。参考にさせていただきます。

2012年03月16日 22:16 from dc183URL

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