【トピックス】ノーズレインボーエクスプレスの代役を務めたキハ183-1

キハ183-1といえば、復元された国鉄標準色をまっとた車両として人気ですが、1997年には、踏切事故で使用不能となったノースレインボーエクスプレスの先頭車キハ183-5201の代役を務めた経歴をもっています。このときは、キハ183-5201に準じて車体色をピンクを基調としたノースレインボー色に塗色変更して使用していました。そのときの様子は以下の本に掲載されているカラー写真で確認することができます。

《ノースレインボー色のキハ183-1》
●『国鉄型車両の系譜シリーズ 形式キハ183・185系』(イカロス出版、2008年)、10ページ
カラーグラフの1つとして、キハ183-1を含む5両編成の写真が掲載されています。1-3位側から見たキハ183-1の写真です。写真をみると分かるのですが、キハ183-5201と同じように、運転席側のスカート上に元空気溜管(MRP管)が追加されています。これは、おそらく青函トンネル通過時にED79に牽引されることから追加されたものと思われます。(1997.07.18撮影とのこと)

●『鉄道ダイヤ情報303号』(交通新聞社、2009年7月号)、47ページ
キハ183-1を含む5両編成の写真が掲載されています。(撮影日不明)2-4位側からみたキハ183-1の写真です。なお写真の解説には「キハ183-1は1995(平成7)年2月に事故に遭遇した”ノースレインボーエクスプレス”の先頭車キハ183-5201のピンチヒッターとして、同車と同様の塗色となった経歴を持つ」とありますが、正しくは1997(平成9)年2月です。

●『鉄道ジャーナル369号』(鉄道ジャーナル社、1997年7月号)、103ページ
苗穂工場に留置されているキハ183-1(2-4位側)を含むノースレインボーエクスプレス5両編成の写真が掲載されています。撮影日は不明ですが、まだジャンパー栓が追加されていませんので、塗色変更直後の写真かもしれません。

●『鉄道ファン435号』(交友社、1997年7月号)P.168
ノースレインボーエクスプレスが弘前まで運転されたときの本州内でのキハ183-1(2-4位側)を含む5両編成の写真が掲載されています。(1997.5.3撮影とのこと。)キハ183系の0番台が本州内を営業運転するのは初めてである旨の紹介記事があります。この写真では、元空気溜管が追加されています。

さて、このときの状況について少し詳しい経緯を調べてみたので紹介します。
1997年2月21日、キハ183-5201は6028Dとして根室本線平野川信号場と十勝清水間を走行中に踏切事故に遭い、大破し使用不能に陥ります。しばらくは、編成全体をキハ183系一般車に変更して3月21日まで運行されますが、4月25日の団臨からキハ183-1が代役を務めたようです。キハ183-1が選ばれた理由としては、キハ183系0番台車は自動消火装置が搭載されているため、青函トンネル通過対策車として適当だったということを何かの本で読んだ記憶があります。加えて、キハ183-1は1997年3月時点でまだ新特急色のまま残っていて、とかち色への塗色変更前であったことも理由の1つかもしれません。

「鉄道フォーラム」の掲示板によれば、1997年4月22日掲載記事に、苗穂工場の留置線でノースレインボー色のキハ183-1を目撃したとありますので、4月頃に塗色変更を受けたものと思われます。また、1997年8月4日掲載記事に、キハ183-5201が8月1日から復帰したとありますので、7月まで代役を務めたと想定されます。『鉄道ファン440号』の110ページの記事で、「『NRE』色だった1も「スーパーとかち」塗装になった」とありますので、その後、1997年中にとかち色への塗色変更を受けたようです。

《参考文献》
「鉄道フォーラム」掲示板(1997.4.22掲載記事)
『鉄道ファン435号』(交友社、1997年7月号)
『鉄道ジャーナル369号』(鉄道ジャーナル社、1997年7月号)
『鉄道ファン440号』(交友社、1997年12月号)
『国鉄型車両の系譜シリーズ 形式キハ183・185系』(イカロス出版、2008年)
『鉄道ダイヤ情報303号』(交通新聞社、2009年7月号)

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