【編成記録】キハ183系特急「北海」②

キハ183系特急「北海」の編成記録(その2)


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▲キハ183系による運用時代になる1986年(昭和61年)6月28日の特急北海3号の指定席特急券。長万部~札幌間のもので3号車指定席17番A席の表示があります。特急「北海」廃止の約3か月前のもの。

② 1985年3月14日~1986年10月31日
 1985年(昭和60年)3月14日ダイヤ改正では、特急の短編成化の流れを受けて、特急北海3・2号の1往復がキハ183系6両編成による運用となり、約1年ぶりにキハ183系による運用が復活しました。ただし、同じ車両による運用が組まれていた特急「北斗」とともにグリーン車の連結はなく、モノクラス6両編成での運用となり、かつての10両編成時代の面影はすでにありません。
 運用は、特急北斗3号→特急北海2号→特急北斗9号→特急補北斗2号→特急北海3号→特急北斗8号の順に2日間で函館から函館に戻る運用が組まれていたと思われます。この運用だと、小樽経由の特急「北海」をはさんで一時的に編成が逆転しても、翌日には編成が元に戻ることになります。グリーン車を入れないことで、グリーン車の号車番号がずれることもなく、よく考えられられた運用だったように思われます。また、特急の短編成化のために改造されたキハ183形100番台が編成に組み込まれた写真が多く残っています。
 ちなみに、このダイヤ改正では、キハ80系の運用で残った特急北海1・4号から食堂車が外され、グリーン車を含むものの6両編成による運用となり、特急「北海」廃止に向けたカウントダウンはこのときから始まっていたように思われます。このダイヤ改正の約1年半後の1986年(昭和61年)11月1日ダイヤ改正により、特急「北海」2往復は特急「北斗」に吸収され、特急「北海」は、約20年の歴史に幕を閉じることになりました。
 なお、この特急「北海」が走る函館本線の小樽~長万部間はこの時期までタブレット閉塞が残っており、特急「北海」が廃止されるまでは、キハ183系の先頭車にはタブレットキャッチャーやタブレット保護柵などが残っていました。こののち、徐々にこれらの設備は取り外されていくことになります。


【1985.3.14~】特急北海2号 札幌13:51発 函館18:30着 12D 函ハコ
【1985.3.14~】特急北海3号 函館12:20発 札幌16:57着 13D 函ハコ
←苗穂
④禁 ②自 ①自禁
《キハ
183-
0
キハ
182-
0
キハ
182-
0
キハ
182-
0
キハ
182-
0
キハ》
183-
0
桑園→

注1 キハ183形は100番台、900番台となることがある。キハ182形は900番台となることがある。
注2 編成例→【1986.4.27】特急北斗9号(特急北海2号のあと運用)

【所属車両】63両 函ハコ(1985.3.14時点)
キハ183形

901、902、903、904、1、2、3、4、5、6、19、20、101、102、103、104
16両

キハ182形


901、902、903、904、905、906、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、43、44、45、46、47、48
34両


キハ184形
2、6、7、8、9、10、11
7両
キロ182形
1、2、3、4、5、10
6両

その1≪≪ キハ183系特急「おおぞら」の編成記録 ≫≫終わり

《更新履歴》
2017.07.09 記事を掲載

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